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健康状態

子供の頃から病弱であり、しばしば病床に伏せった。家光は病気になると布団を5、6枚かぶり、厚着をして寝るという養生法を行っていたため、かえって病気が悪化することもあった。医者達が意見をすると激しく怒り、処罰される寸前に至ることもあった。山本博文は精神の重圧が招いた不安神経症ではないかと推測している

家光は、伊達政宗、毛利秀元、立花宗茂といった戦国時代を生き抜いた武将達を御咄衆として置き、合戦の話を聞くことを好んだ。伊達政宗を非常に尊敬・信頼しており、家康の次は政宗というぐらいに傾倒していた。家臣というよりも理想の父親像を見ていた節があり、合戦の話などをよくせがんでいたらしい。政宗に明確な野心があったのかは不明だが、幕藩の権勢は眼中になかったようで、表向きは隠居ついでのご意見番で落ち着いていた[要出典]。 家光が、「生まれながらの将軍」を自称したのは、政宗の助言とする説もある。

同時代では、大久保忠教は『三河物語』において、少年時代の家光は内気であるが家康の祖父松平清康に通じる、との好意的評価をしている。

幕藩体制の完成者として高く評価される家光だが、それは土井利勝、酒井忠勝、松平信綱、阿部忠秋、堀田正盛、中根正盛といった幕閣の重臣によるものであり、家光自身の能力では無かったという意見もある。海音寺潮五郎は、「家康は全て自分で決めた。秀忠はそれには及ばなかったが半分は自分で決めた。家光は全て重臣任せであった。」としてその能力を否定し、名君であったかのような評判は幕閣の宣伝であると見なしている。

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三田村鳶魚は家光の奇行を書き記し、「私の見るところ、家光は馬鹿で、頓狂者で、タワイもない人であったように思われる。」と酷評している

日光東照宮の建設などに家康以来の蓄財を浪費し、幕府財政窮乏の端緒を作ったとも言われる。

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2009年05月01日 11:56に投稿されたエントリーのページです。

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